2016年10月11日火曜日

たじり しげみ著「しあわせの『コツ』」を読む

たじり しげみ著「しあわせの『コツ』」を読む




同著を作者よりご恵送戴きましたので、お礼というにはささやかでありますが、私の感想を此処に掲示して、その素晴らしさがどこにあるのかを、これから本を手に取る読者に、そしてその読者が年少の読者であればあるほどに尚、お伝えしたいと思いましたので、筆を執った次第です。

私はこの本を一読して、次の二人の人間を思い出しました。

一人は、勿論安部公房であり、もう一人はルネ・デカルトです。

何故ならば、この本は一体何かと言えば、これは誰でもの人のための人生の模型と其の設計図を提示しているからなのです。

安部公房の例を挙げましょう。安部公房は、1944年11月21日に『〈没落の書〉』と題する、これから自分の生きる20世紀を前世紀からの歴史の継承と其の超克といふ観点から如何に生きるべきかを、二十歳の青年として、次のように書いております。

「私は唯一の解決者たる宿命を拒みはしない。私は自分が他愛の義務を、自分の詩魂の内に感ずる事を人々の為に祝福する。私は総てを展開しよう。だが常に注意し給え。解決は言葉の最後にのみ与えられるものではない。君達は画き出す人でなければならぬ。私は単に暗示者だ。絵具と構図は君達にまかせる。私はモデルを象徴しよう。」(安部公房全集第1巻、141ページ、上段。下線部は評者による。)

安部公房のすべての作品はいづれも、ジャンルを問わず、この精神に基づいて書かれております。

安部公房はモデルを提示し、私たち読者は実に自由に自分の読み方をして、構図を描き、好きな色の絵の具を使って、誰にも書くことのできない一回限りの、自分の人生の絵を描く。これが、安部公房の読者の、謂わば、特権と言って良い有り難さです。他の作家には、このような意志と意図はないように思います。

もう一人は、17世紀のフランスのバロックの哲学者、歴史に名の高いデカルトです。

『方法序説』に次の言葉があります。

「私の計画は、私自身の考えを改革しようとつとめ、まったく私だけのものである土地の上に家を建てようとすること以上におよんだことはけっしてない。私のやったことが私には十分満足すべきものであって、ここにその模型を読者に示すとしても、だからといってそれに倣うことを人にすすめようとするつもりなのではない。神の恩寵をさらに豊かにめぐまれた人ならば、たぶんもっと高い計画をいだくことであろう。」(中央公論社「世界の名著22 デカルト」174ページ。下線部は評者による。)

このように模型を示してくれる大人を発見すること、これが子供の理想の、自分の人生の設計図を書くために必要なことなのであり、そのような模型の設計者としての大人なのであり、また同時に自分自身がそのような模型と設計図を提示できる大人となることが、子供にとっては、自分自身の人間としての、楽なだけではない人生を生きるための、理想の姿なのではないでしょうか。

そのための本が、この「しあわせの『コツ』」だと、私は思います。

この本の中の言葉は、「あとがき」によれば「当時専業主婦だった私」が「文字通り起きてから寝るまで家事と育児に明け暮れていて」「ある日のこと、食卓を片付けていたら」その最初の一行が「突然頭に浮かんできた」とのことです。そうして、20分で食卓の上で「忘れないように私は急いでそばにあった新聞の折込チラシの裏側に書き留め」た、これは詩です。

最初の題名は、『しあわせの『コツ』第一章』であったとのことです。

安部公房は、上の引用した同じ二十歳の年に書いたもう一つの重要な論文『詩と詩人(意識と無意識)』に同じ思想を次のように書いております。

「解釈学的体験、― 次の数行の余白はその無言の言葉で埋められるのだ。(私は君達の自己体験をねがう為に此の余白を用意したのだ)
   ………………………………………………       
     ………………………………………………
           …………………………………………         」
(同全集第1巻、112ページ、下段)

そうしてこの5ページ後に、単に第二章第二節に「二」とだけ次節の数字の文字を書き付けて、さあ、あとは君たちが自分の言葉で、自分の人生をどう生きるつもりなのか、この先を書いてくれと、そうその思いを伝えております。

もし贅沢な苦情を此の素晴らしい全33ページの本に申し立てることを著者がゆるしてくれるならば、「あとがき」にお書きになっているように、そうしてそうなさったかも知れないように、第一章を題名に残して、そうして第二章という章を立てて、二十歳の安部公房がそうしたように、そのページの本文を余白として、幼い読者に示して下さるとありがたいかもしれないと思いました。

その読者は、その余白の白を一生忘れないことでしょうから。そうであれば、何度でも自分に固有の人生をやり直すことができると既にして、無意識に確信していることでしょうから。

最後に、著者が読者に提示している16行の文からなる模型と設計図の最初の二つの行は、次のように簡潔明瞭なものです。

「きみが だれかのために 尽くすとき」
「きみの ちからは 千倍になる」

このあとの14行は、書店で手にとってお読みになって下さい。きっと著者もまた、その事を願っているのではないでしょうか。







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